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2008.05.22

■5月某日 文化放送の東京ローカルだけで放送された特別報道番組「死刑執行」のテープを系列局であるラジオ沖縄の知人から入手して、カセットで聞く。この知人は、最初のほうを聞いていて気分が悪くなって途中でやめたという。筆者はこの番組でもコメントしていたノンフィクション作家の大塚公子さんとはウワシン時代に面識があり、彼女が出した「死刑執行人の苦悩」(創出版)などの死刑関連本も読んでいたので、それほどの衝撃は受けなかった。しかし、活字で読むよりも、耳にストレートに入ってくるラジオの音声は迫力が感じられた。特に、この番組が放送前から話題になっていたのは、死刑執行官がひそかに録音していたテープが番組内で公開されるという事前情報。処刑直前、坊さんたちの読経が響く中、死刑囚の最後の肉声が発せられ、その後に処刑台の床が二つに割れて、地下に落とされて首吊り状態になる時の「ガタン、ドーン」という音声は、やはり生々しかった。
 このテープをひそかに録音していたのは、死刑執行に従事する刑務官の一人である。死刑がどういう形で行われるのか、その実態を知る日本人は少ないだろう。一般国民も参加を義務付けられる裁判員制度が来年から実施されれば、自ら陪審員の一人として死刑の判決を下す局面もありうる。そのためにも、死刑の実態を国民も知っておく必要があるだろうという狙いでこの番組はつくられたものと思われる。番組では元刑務官たちの死刑執行のやり方が詳しく証言され、それにまつわる苦悩も語られる。
 その苦悩を和らげるために、死刑囚に目隠しする役、首に硬いビニールのロープをかける役、両足の膝を縛る役、という具合に担当が手分けされるのだという。そして処刑台の床板を二つに割るためのスイッチを押す役も、3個以上設置されているボタンを全員がいっせいに押す方式なのだ。つまり、誰の押したボタンが絞首・絶命につながったかということの苦悩を分散するためなのである。地下室で宙吊り状態になって、だいたい15分後に医師が絶命を確認した後、死刑時における失禁や汚物を処理して血を洗い流す役目まで、処刑という殺人行為は実にシステマチックに行われていることをこの番組は教えてくれる。
 凶悪犯人に死刑を課すべきかどうかは意見が分かれるところだが、鳩山法務大臣になって死刑執行が事務的にどんどん進められている現実がある。一度、鳩山法相も死刑執行の現場を視察してみたらどうか。死刑執行のための最終的な署名をやるのは法務大臣なのだから、刑務官まかせではなく自ら現場を知ることは大臣としての職務のはずである。裁判員制度においては、検察側が提示した血の付いた凶器や無残に殺された死体の写真を自ら確認しなければならない局面もあるのだ。一般国民にもそれが求められのだから、犯人に極刑を望んだ被害者家族が希望すれば、その処刑現場も公開したらどうか。近代法の精神は、個人による復讐行為の惨劇を回避するために、国家が代理で罪を裁くということなのだから、被害者側がそれを現認するシステムというのは理屈に合っているのではないか。
 むろん、筆者は罪を憎んで人を憎まずの立場に立つ。被害者感情の問題は残るが、死刑制度はないほうがいいに決まっている。今、世界的な世論の流れも死刑廃止の方向にある。人が人を法律の名の下に殺すという行為も残虐である。そのことは死刑執行人が一番感じているはずだ。中には、政治犯や冤罪の可能性がある死刑囚もいるわけだから、死刑ではなく仮釈放を認めない実質的な終身刑という制度も必要だろう。今秋の臨時国会での議員立法化に向けて超党派の議員による設立総会も開かれたばかりだが、裁判員制度導入を前に善は急げ、といっておきたい。


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